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おすすめヒーリング 不問の癒し処! 無の休息地~松代城下町~

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    東京都心から新幹線で長野駅へ約1時間。そこからさらに長野電鉄バスで約30分走るとこの旅の目的地「・松代」へと到着します。

    松代町は現在、大河ドラマや映画でも取り上げられ有名になった真田 信繫(幸村)の兄・信之を藩祖とする松代藩の城下町で、町全体には今もなお当時の名残があります。今回は真田家にまつわる当時の生活様式や文化をよりわかりやすくご紹介します。

     

     

    この地を見守り続ける歴代松代藩主達! 荘厳な菩提寺~長國寺~

    真田家の菩提寺 長國寺

    崇厳な真田家の霊域「長國寺」です。上田並びに松代藩主である初代 真田信之公を初めとし、2代目信政公、3代目幸道公などの御霊屋(霊を祀る霊寵)があり、死してなおこの松代の地を見守り続けいます。長國寺は1873年の大火により主要な建造物は燃えてしまいました。そして1886年に本堂が、1993年に庫院が再建されました。初代 信之公を初めとし4代 信弘公の御霊屋はそれぞれ国指定重要文化財、長野県重要文化財となっています。

    堂々たる象徴 六文銭としゃちほこ

    長國寺本堂の屋根瓦にあたる部分でしゃちほこ瓦と言われるものです。このしゃちほこ瓦は今は亡き松代城から移設されたもので、約2m近くあります。しゃちほこの下にある6つの円は六文銭を表し「六文銭」と言い、真田氏の家紋とされています。本来、寺院にしゃちほこのような物はないのですが、真田家の堂々たる由縁、象徴として「六文銭」と「鯱(しゃちほこ)」を掲げたと言われています。

     

     

    あんな所やこんな所にも!?松代町に拡がる真田家の象徴 六文銭

    真田氏家紋 六文銭

    町を見守り続ける 六文銭

     

    :六文銭の焼印が入った こずく饅頭

    次は真田氏家紋である「六文銭」についてご紹介します。この「六文銭」は昌幸の父・幸綱が武田家に仕えたときに改めたものです。「六文銭」は三途の川の渡し賃として棺桶に入れる六道銭のことで、「戦いに臨んでは生きて帰れぬものとして覚悟を決める武士の強い意志の表れ」という意味合いがあります。松代を歩いている瓦、寺院、照明、お饅頭にでさえ「六文銭」が刻まれており、真田家の象徴がしっかりと受け継いでいる町でした。

     

     

    見過ごしては勿体無い! 松代町全域が有形 国登録文化財の宝庫

    重要文化財 旧横田家住宅

    次にご紹介するのは松代町全域に広がる文化財です。旧横田家住宅といわれる国指定重要文化財の住宅で、江戸時代横田家の先祖は信州松代藩真田家家臣として仕えていました。旧横田家住宅では現在の場所に移った18世紀末当時の建物、庭園、堀で仕切られた庭、建物の間取り・構造や大きさなど、松代城下町に残る中級武士の住宅の特徴をよく表しています。

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    一般宅登録有形の文化財の外観

    こちらも重要文化財ですが大きく異なる点は一般宅ということです。松代を訪れたときは何かの施設だと思い、一般宅に入ってしまう人も多いそうです。それほど周辺には立派で尊厳のある建物が多くあります。松代町ではこのような真田家を中心とする、元家臣の歴史ある住宅を町をあげて残しています。このように歴史が受け継がれている松代町は風情溢れる、落ち着きのある街並みとなっています。

     

     

    昔から継がれる学びと武道!真田家の意思を継けつぐ「文武学校」

    教育の場 文武学校

    文武学校 弓道場

    文化財である文武学校をご紹介します。文武学校は8代藩主・真田幸貫が藩士である佐久山象山(後に蘭学、漢学、砲学の教授になり勝海舟・坂本竜馬など多くの人材を輩出した)らの意見を受け入れ、蘭学・西洋砲学などを取り入れた藩校としての文武学校目指し9代藩主・真田幸教が受け継ぎ1885年に開校しました。文武学校では、文学所だけでなく剣術所、柔術所、弓術所、槍術所からなっていて、まさに文武両道を極め、心指し、文武両道の言葉の礎となった地と言えます。

     

     

    穴場スポット 大迫力の鳥居等様々な時代が交差する地 松代町

    江戸時代 竹山髄護稲荷神社

    戦国時代 甲冑

    第二次世界大戦 松代象山地下壕

    この3枚の写真は順番に江戸時代・戦国時代・昭和初期で、それぞれが強い個性を持ち、現在まで語り継がれています。1番目の写真は「竹山随護稲荷神社」と言い、信之・信繁の兄弟である真田昌親の子どもの真田信親が、江戸今井()の屋敷内に鎮守として祀られていた神社です。迎え入れてくれる無数の鳥居は、まさに圧巻そのものです。

    第二次世界大戦時に作られた松代象山地下壕というもので、今まで紹介してきたものとは少し雰囲気の違うものになります。象山地下壕は平和を後世に語り継ぐ上で、貴重な戦争遺跡として残されています。時代の背景・特色・事情は違えど、良くも悪くも後世に伝えなければいけないものをしっかりと現代と共存させ、語り継がれている、そんな場所です。

    旧樋口家住宅から見た庭園

    松代城下町の水路

     

    松代について色々と紹介してきましたが、この町は歴史に溢れ都会では味わえない安らぎがあります。

    外を歩けば江戸時代からある泉路の水が流れる音、マイナスイオン、町にある文化財に足を運んでみれば今まで経験したことのない自分が無になれる癒しの空間です。

    誰かが「行こうよ」と言わなければずっとこの地にとどまり続けてしまいそうです。行かなければ絶対に体験できないものが松代町にはあります。都会の喧騒から松代へ、癒しの場へ是非足を運んでみてください。

     

     

     

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