重要文化財指定 近江八幡の歴史と商人魂を3つの歴史館で体感しよう
近江商人発祥の地のひとつとして知られる滋賀県、近江八幡。
当時の有力な商人の多くは近江八幡出身で、江戸や大阪などの主要都市に店を構えたといいます。
そんな商人たちがかつて住んだ中心地域、「重要伝統的建造物群保存地区」として町並み保存がなされる新町通りにならぶ3つの資料館を巡ります。
この記事の目次
鎖国のため異国で最期をむかえた近江八幡商人 住宅跡地の郷土資料館
まずは近江八幡駅からバスで6分、新町通りにある郷土資料館です。
ここは1974年、近江八幡警察署の敷地・建物の譲渡を受け開設されました。
1953年に洋風建築で大幅に改築されているため外観は現代風の素敵な建物です。
建物自体が価値のある建築でしたので、それだけでも魅力と迫力を感じます。
建物が建っているこの大きな敷地は当時、安南(ベトナム)貿易で活躍した西村太郎右衛門邸跡とされています。
2代目の次男として生まれた太郎右衛門は、異国の地で商いに取り組むため、長崎から安南(ベトナム)に渡りました。
1647年、帰国のため長崎まで帰ってきた彼を待っていたのは鎖国の世であった日本でした。
太郎右衛門の上陸は許されず、安南(ベトナム)の地で没した悲劇の商人となったのです。
館内には近江八幡市の歴史が紹介されるとともに、近年まで使用されていた道具や近江八幡が輩出した著名人の作品などが残されています。
このような貴重なものがたくさん残っているのは、歴史を後世まで残していこうとされる方々の取り組みのおかげだと感じました。
江戸時代の建物 歴史民俗資料館で近江八幡の当時のくらしを感じよう
続いて、先ほどの郷土資料館に隣接している、歴史民俗資料館です。
近江八幡警察署長の官舎であったものを、1979年に譲り受けて開設されました。
建物は、八幡商人の中でも豪商とされる森五兵衛の控え宅とされ、江戸時代末期の建築といわれています。
初代五郎兵衛は、伴傳兵衞家に勤めていましたが別家を許され、煙草や麻布を商いました。
やがては取り扱い商品を増やし、江戸や大阪に出店するなど活躍しました。
活躍した近江商人たちが住んでいた地域に実際に訪れると、本当に当時の活躍ぶりが偉大であったことを感じることができました。
歴史民俗資料館では、八幡商人が代々伝えた商いの定め(家訓)や用具、日常品などが展示されています。
近江商人の往時をしのぶ生活様式がそのまま保存されています。
赤い壁はお客様をお迎えするためだそうです。
貴賓室として使われていた赤い壁の部屋は、現代ではあまり見ることもなく、独特な雰囲気がありました。
当時の家具なども、是非実際に訪れて見て頂きたいです。
特に農具は、その大きさに驚きました。
重要文化財に指定!主要都市で当時大活躍の近江商人 旧西川家住宅
最後に訪れたのは、歴史民俗資料館の2軒となりにある、国の重要文化財に指定されている旧西川家住宅です。
江戸時代初めの1706年に建てられた京風建築の2階建家屋です。
1983年に国の重要文化財に指定されました。
江戸時代には、商家の間口の広さがその家の繁栄を示したといい、一般的な間口が9mだったことに比べ、西川家の間口は約22mあります。
この広さから、当時の西川家の隆盛ぶりを感じます。
上を見上げると立派な梁があり、広々とした空間が広がっています。
広い玄関から上には高い天井、奥は部屋へとつながっておりとても開放的でした。
西川家は約300年続いた、近江八幡市を代表する近江商人だったそうです。
義理人情を第一とし、利益追求を後回しにすることが商売繁盛となり活躍されました。
活躍された近江商人たちにはそれぞれの歴史があり、実際に訪れてみるとその歴史の深さを知ることができます。
玄関から居間、店の間が公開されていて当時の近江商人屋敷をそのまま見学できます。
特にここ旧西川家住宅は、玄関も室内も広々しており、それだけで迫力があります。
外の庭も見ることができます。
是非、当時活躍されていた近江商人の屋敷を体感して頂きたいです。
いかがでしたか。
これら3つの資料館では、当時この近江の地から日本全国、さらには海外で活躍されていた近江商人たちのくらしを覗くことができます。
それぞれに歴史があり、知れば知るほど奥が深い旅になるでしょう。
是非、現地で体感してみてください。