富田林寺内町が誇る重伝建 商いで栄えたまちなみの特徴の秘密を紐解く
大阪府富田林の寺内町(じないまち)を歩くなら知っておかないと損をする!
先人たちが乱世を生き抜くために工夫を凝らしたまちの構造をご存知でしょうか?
そのまちの雰囲気や構造には必ず歴史や風土が関連してできています。
それぞれにストーリーがあるのです。
寺内町はどうでしょうか。まち歩きのコツをご紹介します!
この記事の目次
富田林一番の特徴町を守るあてまげの辻と町の成り立ち城之門筋とは
大阪駅から近鉄に乗り換え、約1時間電車にゆられると近畿日本鉄道長野線の駅である富田林駅に到着します。
駅からは徒歩約10分です。
富田林寺内町(じないまち)は、16世紀半ば戦国時代に起こりました。
当時河内は主戦場のひとつで、じないまち・富田林には、乱世の世に生き残るための知恵が随所にはりめぐらされています。
道と道は「あてまげ」と呼ばれるように、角をずらして見通しを妨げる工夫がなされています。
現在では、車がすれ違うのに一時停止し、道を譲りあうというような文化がうまれているようです。
また、忍び返しという柵にハリがついたようなデザインで、侵入を防ぐ工夫がなされています。
また寺内町は河岸段丘面にのっかっているので崖があり、いくつかの坂があります。
亀ケ坂や山中田坂などいまでもしっかりと町を守っています。
日本の道百選に選ばれている「城之門筋」。
まっすぐに伸びるその道は、まちの人にお気に入りの通りはありますか?
という質問をすると一番に出てくる自慢の道のようです。
当時の人々はどのような想いを持ち歩いたのでしょう。
またインパクトの強い鬼瓦。
厄除けと装飾の意味を持ちます。
古民家ならではのデザインですね。
様々な先人の工夫で溢れる街並みに当時の暮らしを思い描きました。
すべてそれぞれ違う表情を持ち、少し顔をあげて散策することもおすすめです。
葛原家住宅・三階蔵ランドマークから見る富田林の商業と古民家の特徴
寺内町を代表する旧杉山住宅、そこにも無いほどの大きな三段蔵を持った酒造を営んでいた「葛原家住宅」はご存知でしょうか?
まちのランドマークのような存在で、町の人の自慢のひとつです。
北向いにある葛原家の分家であり、現住宅は、1854年に「三治郎」という人が分家した時に建てられたものです。
主屋は南会所町にあり、敷地の西方に東西に長く建ち、主屋の東に中庭を経て茶室と三階蔵があります。
三階蔵の東方に幕末頃までは会所があったことから、会所町の名称もここから由来したと考えられるそうです。
もともと何を営んでいたのかという点で、全く違う造りをした住宅たち。
大きな三段蔵は迫力が満点で寺内町のランドマークのように思いました。
町の人に魅力を聞くと必ず皆さんこの三段蔵をお話が出てきます。
皆さんもお気に入りの一件を見つけてみてはいかがでしょうか?
葛原家住宅所在地:大阪府富田林市常盤町1-12
商業によって変化する住宅の特徴 富田林が持つ重伝建を巡る旅へ
富田林寺内町にはかの有名な吉田松陰も滞在したといわれる「中村家住宅」もあります。
竹格子や、厨子二階(つしにかい)・虫籠窓(むしこまど)、駒寄せ
(町屋の道路に接する面に寄せて設けた牛馬を繋ぐための柵。駒繋ぎ、牛繋ぎなどともいう。
後に、人や動物から建物の外壁や建具を保護するための柵に変化した。これを犬垣、犬防ぎ、犬矢来ともいう。)
などを見ることができます。
実際に使用されていたものが今でも綺麗に残っていて、現在も使用されていることはとても不思議に感じました。
このように魅力いっぱいの富田林寺内町ですが、現在、当時の家にお住まいの方がたくさんおられるため、外観のみの見学がほとんどになります。
その際も、家の中に住まわれている方に迷惑のないように、ご見学ください。
館内の見学は旧杉山家住宅と旧田中家住宅のみになります。
中村家住宅所在地: 大阪府富田林市富田林16-31
まちあるきのコツはいかがでしたか?
ここでご紹介させていただいた特徴はほんの一部です。
隠れた家紋も見つけることができるかもしれませんね。
ぜひ、お気に入りの特徴を見つけてみてはいかがでしょうか。