九州最古の八女で最も有名な茶商「矢部屋許斐本家このみ園」を訪ねる
江戸時代から続く歴史ある九州最古の茶舗が福岡・八女にあります。
今回は「このみ園」の14代目許斐健一(6代目許斐久吉)さんに歴史や伝統、また町並み保存に関するお話などを聞かせて頂きました。
伝統や文化を後世に紡ぐことの難しさが少し分かった旅でした。
この記事の目次
九州最古の八女で最も有名な茶舗の歴史と先祖代々伝わる伝統と道具
福岡空港から電車で約1時間。JR羽犬塚駅からバスで約15分。
矢部屋許斐本家このみ園は元々、1704~1710年に木材や茸、茶等を扱う山産物商「矢部屋」を興したのが始まりです。
幕末の1865年に専門的に扱えるぐらいに茶の取引先が増え、茶に特化した専門問屋を開いたそうです。
この家系図を見ても分かるように、とても伝統のある茶舗です。
昔は貿易も行っていたそうで、アヘン戦争で茶の流通がズタズタになり、日本に目を向けた列強の商人たち、例えばグラバーなどの外国商人にも卸していたそうです。
このみ園の奥の建物には八女茶美術史料館があり、1897年ぐらいにこの辺りの組合で博覧会用の茶をロシアに輸出した際に使われた箱などが展示されています。
日本でもここにしか残っていないそうで、赤外線などの関係上写真に収めることは出来ませんでしたが、とても美しく貴重なものでした。
他にもお茶の製造に付随する道具など、ここにしか残っていない道具が数多くあるそうです。
八女の人々の思いを現在も語るー茶舗の信用と信頼の証である日除け
このみ園の敷地内には七棟のそれぞれ別の年代に建てられた建造物があります。
それらはすべて八女市文化財に指定されています。
店舗部分が最も古く、1850年代後期に建てられたものだそうです。
店舗の正面部分にはとても特徴的な日除けがあります。
この部分の内側は戦前「楷室」と呼ばれる、茶の審査場であったと伺いました。
八女茶の品質がまだ確立していなかった当時、茶を売りに来た生産者に助言をし品質向上に努めたいと願った初代許斐久吉さんが名づけたそうです。
この日除けは信用と信頼のある茶商の証であり、実用性のある看板であったそうです。
復元されたものであり、その当時の人々の考えを少しでも理解したい、原点を知りたいという思いの元、復元されたそうです。
このみ園は重要伝統的建造物群保存地区内にあり、建築物の修復の際には補助金も出るそうですが、やはり自己負担も多く、歴史ある建物を残していくことの難しさを実感しました。
八女の伝統と文化を後世に紡ぎ町家の真骨頂を伝えるための試みとは
現在、店舗の隣にある建物はギャラリーとして使うために改装中だそうです。
昭和初期に軒切りが行われた際に看板建築にしたというモダンな建物です。
このギャラリーを作ることで町家の奥の方も見てもらうための動線を作りたいと許斐さんはおっしゃっていました。
町家の真骨頂は奥であり、奥に行くほど、趣向を凝らした美しい町家の様子を見ることが出来ます。
普通にお茶を買いに来るお客様は普通、店舗部分しか見ることはありません。
しかし、一般の方にも町家がどういうものなのか理解してもらい、町家の魅力を知ってもらいたいと考えていらっしゃるため、ギャラリーを作ることで回遊性を高め、人の流れを作ろうと考えているそうです。
奥には坪庭や昔から使われている焙炉などがあり、歴史を感じることが出来ます。
昔からの町人文化を残していくための努力を垣間見ることが出来ました。
矢部屋許斐本家このみ園 所在地 : 福岡県八女市本町126
http://www.konomien.jp/
江戸時代から続く九州最古の茶商であり、町並み保存にも尽力している「矢部屋許斐本家このみ園」さん。
八女地方で作られた国産の和紅茶や商人の文化でもある煎茶など、美味しくパッケージも可愛らしいお茶が揃っています。
皆さんも歴史ある茶舗を訪ね、ぜひ美味しい八女茶を味わってみてください。