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【石垣の歴史】日本のお城を支える石垣の工法にせまる

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    天守閣を支える石垣。
    お城を見る際、どうしても天守閣に目がいきがちですが、実は縁の下の力持ち、石垣も魅力がたっぷりあります!
    今回はそんな石垣の魅力をお伝えします!

     

     

     

    古墳時代から発展してきた!?石垣の歴史をたどる

    石垣の歴史は大きく3つに分けることができます。
    石を道具として使用する時代から積み上げる時代へ~古墳時代~

     

     

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    古墳時代、王の大規模な墓として古墳が築かれました。墳丘のなかに設置した埋葬施設は、石材を積み上げて造ったもので、石室と呼ばれています。
    旧石器時代、弥生時代で石を道具として使用しはじめ、古墳時代で石を積み上げる技術へと変遷をたどっていったのです。

     

     

     

    めざましく石垣が発展!~

     

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    戦国時代以前の城は、土づくりの城でした。石垣へと発展していくわけですが、なんとその立役者は鉄砲だったのです。
    石垣を率いると、高い位置で安定した櫓を築くことができます。石垣を築き、その上に櫓を建てると、そこに鉄砲兵を配置することができます。当時まだ雨に弱かった鉄砲にとって非常に重要だった櫓。その基盤になったのが石垣だったのですね。

     

     

     

    幕末の外国対策に変化していった~

     

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    幕末になると、外国船が日本近郊に姿を現すようになり、対外的な危機意識と、海防意識が高まってきました。特に顕著なのが、北海道函館の五稜郭。
    幕府は、西洋築城法に基づいた要塞として、五稜郭を築城しました。星形が特徴的です。
    さらに江戸城のように石垣に美しさを求められるようになったのもこの時期です。

     

     

     

     

    穴太衆積みとは?比叡山坂本に今も残る穴太衆

    天大衆の総本山、比叡山延暦寺の麓、近江穴太の町(現在の比叡山坂本のまち)に暮らした石工は、古くから寺院関係の石を積んできました。石積の高度な技術力を誇った職人集団として知られ、穴太衆と呼ばれていました。

     

     

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    信長が初めて総石垣づくりの城として安土城を築いたとき、穴太衆が中心的な役割を果たしました。安土城の石垣はそれまでの石垣よりも高く積まれ、穴太衆の技術がそれを可能にしたのだとか。

     

     

     

    信長が起用したことにより、その後穴太衆は全国の諸大名から重用されるようになりました。
    そうなると、石垣の技術者のことを穴太衆という位置付けになり、近江出身でなくとも、「穴太方」と呼ぶようになった地域もあるそうです。

     

     

     

    ちなみに穴太衆ですが、実は今でも比叡山坂本に1件だけいまも石垣を積んでいる穴太衆の職人さんがいらっしゃいます。

     

     

     

     
    穴太積みの聖地!比叡山坂本を旅した記事はこちら

    ▶▶比叡山の門前町として栄えた坂本 歴史を感じる里坊のまちをめぐる

     

     

     

    穴太衆が積んだ石垣は穴太積み?

     

     

     

    穴太衆が積んだ石垣のなかで、「野面積み」というものがあります。(自然の石をそのまま積み上げたもの)

     

     

    その積み方を穴太積みと呼ぶことがありますが、実際に穴太衆が積んだ石垣には、打ち込みハギ、布積み、乱積みなどもあり、野面積み=穴太積みというイメージは正しくないのだそうです。

     

     

     

    似ているようで全然違う!これを知ればツウになれる!石垣の種類

     

     

     

     

    野面積み
    自然の石をそのまま使用します。築石同士の隙間があくので、間詰め石を詰め込んでいます。
    特徴は、水はけがよく、打ち込みハギや切り込みハギに比べて耐久性は劣りません!

     

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    打ち込みハギ
    築石の接合部分を削ることによって隙間を少なく詰めた特徴があります。そうすることによって野面積みよりも高く石垣を積み上げることができました。
    さらに戦の際には、隙間が少ないので、敵がよじ登りにくいという特徴もあります。

     

     

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    切り込みハギ
    切り込みハギを代表するお城は、江戸城があげられます。
    まったく隙間が無く、見た目がとても美しくなっています。
    これはよじ登るのが大変ですね。さらに隙間が無いので、隙間石を使用する必要が無かったそうです。

     

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    しかし、自身地震などが起こった際に、間詰め石がある場合は、それがクッションの役割を果たし、間詰め石が割れた場合は、間詰め石のみを取り換えていました。
    切り込みハギの場合は、直接的に石垣に衝撃がいくので、築石が割れてしまうこともあったそうです。

     

     

    江戸城で石垣の積み方を探してみよう!

     

     

     

    江戸城では、様々な石垣の工法が見られます。
    積み方には大きく2つ、種類があります。横の目地を揃えているのが「布積み」。大小さまざまな石を積み上げているのが「乱積み」です。

     

     

    江戸城の石垣を見てみましょう!
    目地が揃っていないため「乱積み」と呼ばれる積み方です。

     

     

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    つづいては、目地が通った「布積み」。東御苑内の多くの場所で見ることができます。ここまでくると芸術性を感じます。

     

     

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    石垣の種類は、3種類。
    さきほどご紹介した「打ち込みハギ」「切り込みハギ」「野面積み」です。
    江戸城では、「打ち込みハギ」「切り込みハギ」をみることができます。

     

     

     

    白鳥濠の石垣の加工は「打ち込みハギ」。

     

     

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    大手三之門、同心番所付近にある石垣の加工は、より敵が登りにくくなった「切り込みハギ」です。

     

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    さらに強度を増すための工夫として「算木積み」があります。

     

     

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    隅が大小交互の大きさになっているのがわかります。
    江戸城内にある石垣のご紹介は以上です!ほんの一部のご紹介になりましたが、まだまだご紹介しきれていない魅力はいっぱい!
    ぜひお気に入りの石垣を見つけてみてくださいね。

     

     

     

    石垣をめぐる歴史を追ってきました。いかがでしたか。
    お城めぐりが好きという方、天守閣の見学だけではもったいないですよ!ぜひ石垣も楽しんでみてください。
    とくに江戸城では様々な種類の石垣を見ることができます!ぜひお気に入りの石垣を見つけてみてはいかがでしょうか。

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