歴史的建築物や重要文化財を巡る広島・尾道 日常を忘れ落ち着く旅を
歴史溢れる広島・尾道には、たくさんの国宝、重要文化財、登録有形文化財が眠っています。
一度に数多く見て回れるのは観光スポットが集結している尾道の特徴です。
日々の忙しさや疲れを一旦忘れ、尾道で心を癒してみてください。
この記事の目次
2m越えの草草履がお出迎え!重要文化財の仁王像の健脚にあやかって
JR山陽本線尾道駅下車、尾道駅より市内本線西行きのおのみちバスに乗り、西国寺下で降りたところから徒歩5分で見えてくるの大きな門が「仁王門」です。
仁王門は県重要文化財に認定されており、約2m以上の巨大草履が特徴です。
坂道が多い尾道で、仁王様のようなたくましい脚にあやかるため大わらしが奉納されています。
また、江戸時代の尾道には80以上の寺院仏閣があったそうで、すべての寺院仏閣を歩いて回るのに足が疲れてしまわないように、仁王門では草覆が奉納されているとも言われています。
願立ての証の小さなわら草覆も奉納されています。
これから尾道を観光し、たくさん歩く方や足腰が悪い方はお参りをして健脚祈願を行いましょう。
仁王門の左右には木造の仁王像が2体あります。
室町末期の桜門形式の仁王門は、1740年に尾道の豪商泉屋新助により大修理されました。
そして仁王門にある木造の「摩尼山」扁額は小松宮彰仁親王の筆跡です。
健脚の寺西國寺 108段の石段を超えた先には尾道を見渡す絶景が
仁王門をくぐり、桜の並木道を進むと十三堂があり、その先の石段をあがります。
上がった先から見下ろす尾道の景色は登った人だけが見れる最高の景色。
手すりもあるので、ゆっくり登ってください。
登った先にある「金堂」は、県の重要文化財です。
尾道に立ち寄った行基は、加茂明神の霊夢をみて729年尾道に西國寺を開山したと伝えられていますが、火災により焼失してしまい、現在の西國寺は南北時代の備後守護山名一族によって再建されたものです。
伽藍(がらん)の規模が西国で1番という意味を込めて西國寺(さいこくじ)と名付けられたようです。
金堂の東側にある階段を上がると本坊・不動堂・大師堂がある広い敷地があります。
町からも遠ざかり、空に近い西國寺は自然と心が落ち着き癒されます。
さらに高いところに建っている三重塔は国の重要文化財に認定されています。
三重塔よりも北側にあるタンク岩があります。
桜並木の横にある洋館は映画のロケ地としても有名です。
西國寺 所在地:広島県尾道市西久保町29-27
歴史も古く職人技が詰め込まれた国登録有形文化財の旅館「西山本館」
西國寺から尾道水道のある南へ向かい、薬師堂通りへ向かうと見えてくるのは「西山本館」です。
西山本館は和室・洋間の客室を含めて全てが国の登録有形文化財に指定されています。
大正時代の後期、当時入手困難だった銘木や変木を使用した吹き抜けの木造三階建てで、海運で財をなした個人の別宅として建てられました。
吹き抜け下(フロント前)の床は、幅約1メートル・厚さ約12センチもある松の無節一枚の大板四枚で作られ「お客様を待つ」という意味が込められているそうです。
上質な赤松の産地である山口県の滑松(なめらまつ)を使用しているそうです。
1930年創業の西山本館は、家族で経営されており、別館もあります。
尾道出身として有名な林芙美子が帰郷の際に泊まった歴史もあります。
また「二十四の瞳」の作者・壷井栄も宿泊されたそうです。
別館には皇太子さまが訪れたこともあり、田中角栄が宿泊した説もあるそうです。
西山本館で部屋指定で予約する方が多いというお部屋は、当初の持ち主の部屋であり、客室の中では小さな部屋です。
伸縮性の違う木材と竹を使って作られており、大工さんも感心するほどの職人技が詰まった珍しい部屋です。
国の登録文化財に認定のため、見学に来られた方が一番じっくり見た部屋でもあるそうです。
船で尾道に到着した来客をもてなした西山本館は、歴史も古く細かい職人技が詰まった建物であり洋間もある和と洋が混在していることもあり国の登録有形文化財に指定されました。
指定後も変わらずにお客様に近い存在でありつづけ、息のあった家族経営で、そのおもてなしが温かく懐かしい気持ちになります。
なお、吹き抜けや黒電話は大林宣彦監督の新・尾道三部作映画「ふたり」の撮影に使用されており、映画を見た方は電話室を見て感激されるそうです。
広島・尾道を訪れたついでに、ではなく西山本館に宿泊目的で尾道に来られるお客様は多いようです。
ぜひ西山本館の前を通り過ぎるだけではなく、実際に宿泊して心も体も落ち着かせてみてはいかがでしょうか。
西山本館 所在地:広島県尾道市十四日元町3-27
国宝の浄土寺金堂を紹介!足利尊氏公が湊川決戦で勝利した理由とは
西山本館から南へ進み尾道市役所を東へ曲がり、約10分歩くと境内一帯が国指定文化財に指定された「真言宗 浄土寺」が見えてきます。
JR山陽本線の高架下をくぐり階段を上がると見えてくるのは、提灯に書かれた「十一面観世音菩薩」です。
線路を渡ると時空の移動をしたかのように静かで、尾道水道がよく見える門をくぐると広い敷地内に赤い多重塔と金堂がそびえたっています。
この浄土寺は616年に聖徳太子が創建したと伝えられ、平安時代末に後白河院の勅願所となったとされます。
浄土寺では1人から拝観を行ってなっており、庭園や国宝指定の本堂内陣、重文の阿弥陀堂内陣・方丈・庫裏・客殿を歴史とともに案内してくれます。
所要時間は約25分、参拝時間は午前9時から午後4時までです。
大人600円、子ども300円で浄土寺本堂から拝観が始まります。
本堂は、鎌倉時代の1329年に再建されました。
本堂にある十一面菩薩は、33年に一度の開帳されます。
2016年には1400年祭で見ることができたのですが、次回の開帳は2035年になります。
それまで見ことはできませんが、十一面菩薩の手に付けられている紐を扉越しに握ることはできます。
そしてその近くにある太鼓も歴史が古く、1316年につくられた太鼓を修繕しながら今もなお使い続けているそうです。
本堂の西側では案内解説のテープを流してくれるので、解説を聞きながら本堂や浄土寺について知ることができます。
解説を聞けるまさにその場所は、京の天皇派に敗れ九州へ一度は逃げた足利尊氏が九州で兵を募り軍を整えて京へ攻める戦いに前に戦闘祈願した場所だそうです。
足利尊氏が日本統一を夢見て祈願していた場所に自分もいる、空間がとても不思議で時代の流れを感じず、まるで尊氏がいるような気もします。
さらに奥へ進むと天井まで見上げるほど大きな2種類の曼荼羅(まんだら)を見ることができます。
江戸時代中期の「胎蔵界曼荼羅」(たいぞうかいまんだら)「金剛界曼荼羅」(こんごうかいまんだら)です。
子宮の中に赤ちゃんが宿るように、私達の心にはお悟りのもとになる菩薩心が備わっていること表わす悟りの世界図の「胎蔵界曼荼羅」、金剛石(ダイヤモンド)のごとく頑固な智恵のはたらきによる悟りの世界絵図の「金剛界曼荼羅」を間近に見ることができます。
どちらも空海がもたらした曼荼羅について金剛界曼荼羅は九つの会(え)で構成されており、もう一方の胎蔵界曼荼羅は十二院で構成されており、現世利益の神様やヒンズー教の神様など取り入れられているようです。
2つの曼荼羅の解説を聞き、どのような絵図なのか細部まで見比べてみてはいかがでしょう。
真言宗 浄土寺 所在地:広島県尾道市東久保町20-28
一度に数多く見て回ることができる名所が集結している尾道で、心を癒やす歴史旅。
壮大で歴史ある建築物に心奪われる人は多いのではないでしょうか。
国宝、重要文化財、登録有形文化財からエネルギーをもらい歴史に思いを馳せてみませんか。