養父市が伝える現在も大切に保管されている伝統芸能や文化を知ろう
兵庫県の養父(やぶ)市という地方があるのは知っていますか?
養父市は、「三宅の万灯」という火の神様に捧げる伝統や、「ねっていずもう」といわれる相撲神事の文化など、古くより受け継がれる様々な伝統や文化を大切にしている町です。
ここでは、養父市に来たらぜひ知ってほしい伝統をご紹介するとともに、その伝統にまつわる地をご案内いたします。
この記事の目次
養父市を代表する養父神社から出発!神輿を担いで川を渡るお走り祭り
まず、紹介するものは、伝統芸能の「お走り祭り」です。
昔から続いているこのお走り祭りは、養父神社から豊岡市方面にまっすぐに行くとある大屋川を神輿を担ぎながら、その先の斎神社まで渡るというお祭りです。
このお走り祭りは、約1800年前より行われており、伝統のある無形文化財です。
神功(じんぐう)皇后が朝鮮半島との交流からの帰路、養父神社に「葛(くず)の葉餅」をお土産として持ってきて、
その一部を斎神社にお供えして、分ち会いたいという思いから始まったお祭りです。
この神輿が保管されているのは養父神社だけなので祭りで見られなくて写真が撮れなかった場合は、近くで写真を収めることができます!
神輿やだんじりが好きな人にお勧めです。
実際にその神輿を実際に見たところ、傷や色あせた感じから、何年もこの神輿を担ぎ伝統を守ってきたことがうかがえました。
古くから伝わる歴史の重さを物語っているようでした。
また、このお走り祭りは地元の人以外にも、外国人や地方から訪れる方がいるくらい、盛り上がるイベントだといいます。
ぜひ一度、お走り祭りに行ってみてはいかがでしょうか?
所在地 : 養父神社
時期 : 4月の第三土日
緑あふれる景色と大屋大杉の伝統芸能の融合した世界を体験しに行こう
次に紹介したい伝統は、「大杉ざんざこ踊」です。
この大杉ざんざこ踊が行われる二宮神社は、長い階段を登って、少し孤立した所にあります。
この大杉ざんざこ踊が行われるようになったきっかけは、昔、カガミといわれる流行病が村を襲いました。その流行病を嘆いていた庄屋が旧暦の7月16日に奉納するために、慶安2年(1649年) に伊勢に参拝した帰路、奈良にて踊りを習い、二宮神社で流行病を鬼と見立てて踊ったからと伝えられています。
なので、大杉ざんざこ踊りで大きな「シデ」(長さ2メートルの大団扇)を背中に背負った中踊りを中心に、掛け声をかけ、太鼓を叩きながら、大勢の踊り手が周りを取り囲んで勇壮に踊る様子は、
別名「鬼踊り」と呼ばれるように、まさに鬼たちが宴をしているような踊りを見せています。
この盛り上がったお祭りに行けば、一気に自分がのめり込み、また違った世界に来たように感じられると思います。
踊りを見せる地元の方々も、心からお祭りを楽しめられるように、近くにある公民館で、みんなで集まって、ご飯を食べたり、掛け声の練習をしてから、みんなで二宮神社へ向かいます。
二宮神社の近くには、古民家の宿があり、昔ながらの雰囲気の宿で宿泊することもできます。
その違う世界がある二宮神社へ訪れてみませんか?
二宮神社 所在地 : 兵庫県養父市大屋町夏梅504
時期 : 8月16日13;30~
昔から養父市に続く人形作りの伝統 ひな人形が出来上がるまでの秘話
最後に紹介するのは、伝統工芸の「葛畑土人形(かずらはたつちにんぎょう)」です。
葛畑土人形は、昔、出稼ぎに大阪へ訪れた前田友之助という人物が、人形を作る技術を手に入れてから、養父市の葛畑土(かずらはたつち)を使って人形を作りたいと願い、完成させたものです。
人形の作り方は、合わせ型を、二つ用意して、合体させる方法です。
ここから色を付けるために、人形を一度真っ白に塗りつぶします。
色を付けるにあたって一番難しいことは、目元を塗っていく作業だそうです。
一つの人形の表情が目元で現れていくので、一番重要になっていくのです。
前田友之助から受け継がれてきましたが、3代目の前田太蔵から、前田友之助よりデザインが優しくなっていったといいます。。
そして、現在のひな祭りで見るような素朴な風合いの人形が作られて、葛畑土ひなという人形が出来上がり、自称ひな人形が生まれたのです。
養父市立コミュニティセンター葛畑人形館 所在地 : 兵庫県養父市葛畑字庄ノ田1367
養父市の伝統はいかがでしたか?
ここでご紹介したのは3つですが、まだ様々な伝統が養父市には残っています。
古くより伝わる伝統をたどり、養父市の歴史に触れる旅に訪れてみてはいかがでしょうか。