HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

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松山市で愛されつづける大正の洋館 重要文化財の萬翠荘をめぐる旅

  • いつの時代も、新しい歴史をつくりつづけてきた愛媛県・松山市。

     

     

    国の重要文化財である「萬翠荘」(ばんすいそう)をはじめ、夏目漱石ゆかりの地と偉人のロマンと熱い志を感じる旅に出かけませんか。

     

     

    もっともっと松山のことを知りたくなるはずです!

     

     

     

    旧松山藩主の子孫 久松定謨伯爵の別邸 重要文化財「萬翠荘」

     

     

    大街道駅下車、徒歩約5分のところにある「萬翠荘」(ばんすいそう)を訪れました。

     

     

    萬翠荘は1922年に、旧松山藩主の子孫・久松定謨伯爵の別邸として建てられました。

     

     

    本館はフランス・ルネサンス様式を基調とした、純フランス風のお洒落な外観です。

     

     

    美しい外観から、どんな歴史がつまっているのだろうとわくわくしました。

     

     

    <写真01_外観正面から>

     

     

    陸軍駐在武官だった伯爵は、長くフランスでの生活を送っており、フランスへの熱き想いを抱いていました。

     

     

    その想いをかたちにするべく、当時、優れた建築を多く手がけていた木子七郎によって萬翠荘は設計されました。

     

     

    最高の社交の場として各界名士が集まり、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られた歴史深い洋館として、現在は国重要文化財に指定されています。

     

     

    <写真02_外観車寄せアップ>

     

     

    そんな当時の様子を彷彿させる立派な車寄せがある入口から、こだわりのつまった伯爵の別邸をお邪魔してみましょう!

     

     

    <写真03_入口>

     

     

     

    松山に今も生き続ける伯爵の想い 「萬翠荘」で歴史をめぐりましょう

     

     

    入ってすぐ、視線を奪われたのは、こちらの大きなステンドグラスです。

     

     

    <写真04_ステンドグラス>

     

     

    大階段の踊り場壁面に、大きな船が優雅に航海する風景が表現されています。

     

     

    ステンドグラスには、伯爵が日本とフランスを行き来した思い出がかたちとなって残されており、伯爵がいかにフランスを愛していたか、そんな気持ちを伺うことができました。

     

     

    伯爵もこの階段を上がるたびに、様々な思い出を懐かしんでいたことでしょう。

     

     

    <写真05_柱>

     

     

    そして、少し丸みを帯びた玄関ホールの柱も珍しく、これは女性の体をイメージして作られたそうです。

     

     

    手やすりで仕上げられており、表面が少しザラザラとしていました。

     

     

    <写真06_謁見の間>

     

     

    右手前にある部屋は「謁見の間」(えっけんのま)です。

     

     

    大理石でつくられたガス式のマントルピースとベルギー製の大鏡、2つの壁画があります。

     

     

    こちらは、華やかなセレモニーを行う場として使用されていたそうです。

     

     

    <写真07_晩餐の間>

     

     

    隣にあるのは、「晩餐の間」です。

     

     

    謁見の間が白を基調としていたのに対して、こちらは黒が基調となっており、食堂や落ち着いたディナーパーティーなどで使われました。

     

     

    以前は松山市内で唯一、フランス料理を楽しめる場でもありました。

     

     

    洋館に唯一和風として取り入れられた板張りの格天井に吊るされたシャンデリアは、水晶でできており、パワースポットとして人気があり多くの人が訪れています。

     

     

     

    松山最古の鉄筋建築 松山藩の家老屋敷の跡地として交差する歴史

     

     

    <写真08_踊り場からの風景>

     

     

    つづいて、2階へと足を運んでみましょう。

     

     

    <写真09_居間>

     

     

    こちらは中央に位置する居間です。

     

     

    迎賓室として、完成当時には当時の摂政宮様(後の昭和天皇)が萬翠荘にお泊りになっており、その後も皇族の方々が訪れています。

     

     

    それぞれの部屋にあるマントルピースは全て異なるデザインで、こだわりを感じました。

     

     

    <写真10_ソファからのステンドグラス>

     

     

    居間のソファに腰をかけると、先ほどのステンドグラスが丁度目線と同じ高さで楽しむことができます。

     

     

    実際に座ってみると、この萬翠荘がたくさんの人に愛される建物になってほしいという伯爵の願いが伝わってきました。

     

     

    <写真11_隣の部屋への風景>

     

     

    迎賓室からは左右の部屋へ入れるようにもなっています。

     

     

    館内の至るところにあるステンドグラスは、当時流行のアール・ヌーボーの意匠を取り入れたもので、全て違うデザインです。

     

     

    <写真12_ドア付近 出る方向>

     

     

    松山で最も古い鉄筋コンクリート造建築でもある萬翠荘。

     

     

    細部までこだわりぬかれた、美しい洋館を訪れて、うっとりとした贅沢な気分を味わうことができました。

     

     

    松山市を訪れた際は、是非この萬翠荘で優雅な時間を過ごしてみてくださいね。

     

     

     

    夏目漱石ゆかりの地 数多くの文化人が生きた松山市を学びましょう

     

     

    <写真13_案内板>

     

     

    萬翠荘につづく坂道の途中、案内板を過ぎて、さらに上に進むと夏目漱石ゆかりの地があります。

     

     

    漱石の名作「坊っちゃん」の主人公が下宿したモデルとなった「愛松亭」(あいしょうてい)の跡の記念碑が建てられています。

     

     

    <写真14_愛松亭記念碑>

     

     

    先ほど訪れた萬翠荘の玄関前には、松山城築城当時に掘られた井戸が現存しており、その傍らに母屋、西側には二階建ての離れがあり、その離れが愛松亭という小料理屋でした。

     

     

    <写真15_井戸>

     

     

    漱石は、離れの二階に半年間下宿していたそうです。

     

     

    その昔、漱石は井戸の水で顔も洗ったり、お茶を飲んだりしたそうで、漱石がかつて同じ場所に立っていたかと思うと不思議な気分になりました。

     

     

    漱石がお茶好きだったことは「坊っちゃん」の中で、愛松亭の主人とのやりとりにも表現されています。

     

     

    漱石だけでなく、数多くの小説家を生んだ松山。

     

     

    萬翠荘が佇む森のふもと、大街道駅から徒歩約2分のところには「坂の上の雲ミュージアム」もあります。

     

     

    <写真16_坂の上の雲ミュージアム>

     

     

    ドラマにもなった司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」は、松山出身の秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規、3人の主人公が激動の明治時代を生き抜く様子が描かれています。

     

     

    展示された数々の資料から、3人の主人公をはじめ、一人の行動が日本を変えていくことを信じて止まなかった強い志と生き様に強く心を打たれました。

     

     

    小説を読んだことがない人も、きっと手に取ってみたくなるはずです。

     

     

     

    江戸・明治・大正時代の歴史が凝縮された萬翠荘をめぐる旅はいかがでしたか。

     

     

    松山を愛しながらそれぞれの時代を懸命に生き抜けた人々の歴史は、この先、いつまでも次の世代へと語り継がれるでしょう。

     

     

    物語の世界に入り込んだつもりで、歴史旅を楽しんでくださいね。

     

     

     

     

     

     

     

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