旅館に住宅に酒造まで!千葉大多喜の国指定有形文化財の建造物を巡る
千葉県にある江戸時代の武将・本多忠勝が築いた大多喜城とふもとの城下町。いまでも当時の面影残る歴史的建造物の多くは、国の登録有形文化財や国の重要文化財に指定されています。渋いけどどこか懐かしい大多喜城下町で、文化財に触れる散策コースをご紹介します。
この記事の目次
正岡子規も宿泊した大多喜にある国の登録有形文化財・大屋旅館へ
大多喜駅から良玄寺や本多忠勝像がある行徳橋方面に歩いて約10分のところにあり、国の登録有形文化財に指定されている「大屋旅館」は江戸後期に創業し、明治・大正・昭和の時を経て、1999年に国の登録有形文化財に指定された老舗の旅館です。
外装は瓦葺切妻屋根(かわらぶききりづまやね)の平屋で漆喰(しっくい)で書かれた屋号が目に留まります。
玄関先には木製の下駄箱や長火鉢などがそのまま残されており、当時の商人宿としての面影を感じます。
また部屋も障子や木の格子で縁取られた昔懐かしの窓など、どこを見ても当時の歴史・文化がよみがえりそうな古風かつどこか懐かしい旅館です。
大屋旅館は大多喜町の指定文化財に登録され、縁結びの神様が祀られている夷隅神社(いすみじんじゃ)の参道脇にあります。
1891年には歌人・正岡子規が学生時代に泊まったといわれており、さらに漫画や映画の舞台になったこともあります。
古来から現在まで当時の趣を残した外装・内装が人々を魅了しているようです。
ぜひ大多喜に旅で訪れた際には夷隅神社で参詣し、歴史的建造物の大屋旅館に宿泊してみてはいかがでしょうじか。
所在地 : 298-0214 千葉県夷隅郡 大多喜町新丁64
公式HP : 大屋旅館
大多喜城下町散策は国の重要文化財・渡辺家住宅を見て歴史を感じよう
大多喜駅から約3分歩くと商い資料館の近くに国の重要文化財に指定されている「渡辺家住宅」に到着します。
1849年に佐治兵衛により建造された江戸時代末期の代表的な商家造りの家屋です。
外装は建設当時の茅葺(かやぶき)から、現在は寄棟桟瓦葺(よせむねさんがわらぶき)に変化しています。
渡辺家住宅の内部は非公開ですが、店、茶の間、中の間、奥座敷という間取りで、帳場や机などがそのまま残されているだけでなく、武家造り風付書院や箱階段、欄間の透かし彫りなど、細部にわたって当時の趣と優れた技術が施されていると言われています。
当時は大多喜藩の御用達を勤めた町の大通りに面しており、穀家の屋号で知られていました。
渡辺家住宅がある通りには国登録有形文化財に指定されている伊勢幸のほかにもたくさんの歴史的建造物が残されています。
この通りを歩くだけでも小江戸を感じることができます。
所在地 : 千葉県夷隅郡大多喜町久保126
実は大多喜城にゆかりがあった国登録有形文化財・伊勢幸と豊乃鶴酒造
渡辺家住宅と同じ通りで歩いて約1分の距離にあり、国登録有形文化財に指定されている「伊勢幸」は酒店で、現在は和小物や手芸工芸品も販売しています。
1873年の建築で外観は寄棟造平入(よせむねづくりひらいり)で瓦葺(かわらぶき)、一階は下見板張りで二階は白漆喰(しろしっくい)仕上げの格子の造りとなっており、渋いただずまいと明治時代から残る風情を感じます。
伊勢幸は、廃藩置県によって廃城した大多喜城の大手門の部材を利用し、屋根瓦には城主の紋所があったと言われています。
大多喜城大手門の歴史を受け継いだ酒店なのです。
大多喜駅から数分の距離にありながら、由緒正しき古民家が連なるこの通りは大多喜町に来たら必ず歩くべき通りです。
雑貨屋としての一面もあるので、明治時代から残されてきた歴史ある伊勢幸にぜひ立ち寄ってみてください。
豊乃鶴酒造(とよのかくしゅぞう)は、国の登録有形文化財に指定された大屋旅館の近く、徒歩2分ほどの場所にあります。
こちらも1999年に母屋が、2011年に赤レンガの煙突酒蔵・元精米所らが国登録有形文化財に登録されました。
明治時代からの古い酒蔵で伝統の手作り製法にこだわった酒造りが特徴で、銘酒・”大多喜城”をつくっています。
豊乃鶴酒造にも広い意味で大多喜城とのつながりがありました。
大屋旅館と共に国登録有形文化財に指定されていることもあり、立派なたたずまいに目を引かれます。
瓦屋根の建物が減るなか、伝統を守り続ける古き良き建物です。
所在地 : (伊勢幸)298-0215 千葉県夷隅郡大多喜町久保132 (豊乃鶴酒造)298-0200 千葉県夷隅郡大多喜町新町88
千葉県大多喜町は国の登録有形文化財に指定されている歴史的建造物が多数あり、歴史を重ねた建物が放つ渋い存在感と瓦屋根や格子窓や細部にわたりこだわり抜かれた技法を体感することができます。
大多喜城の城下町を散策する時はじっくりと街並みを探索し、歴史を感じてみてください。