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重伝建 室戸市吉良川町 水切り瓦が美しい高知屈指の隠れた秘境

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    高知県室戸市の中心街の西北約16キロに位置し、南側には太平洋が広がる町、吉良川町。

    吉良川町は、「台風銀座」と形容されるほどの台風の襲来が多い地域です。古くから台風の対策として、強い雨風から壁面を守る土佐漆喰や水切り瓦の技術が独自で発展してきました。

    四国の端で独自の文化を発展させた吉良川町をまちあるきします!

     

     

    山林資源を活かし林業で発展した町、伝建「吉良川町」の歴史

    海岸沿いの国道55号線から一本山側の道が旧土佐街道となっています。国道55号線沿いの無料駐車場に車を停めて車を降りると、壮大な太平洋が大きな高い波を立てていました。海の反対側には、すぐにまちなみが広がっています!

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    旧土佐街道に沿って在郷町として発展した古い町並みが続き、多くの人を魅了し続ける室戸市吉良川町のまちなみ。

     

    海岸側に広がる町並みを浜地区といい、海岸側から山側の地域に少し足を進めると、農家だった丘地区の町並みが広がります。一つの町並みの中に二つの性格が違う地域が存在していることが吉良川の町並みの特徴です。

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    まちでは、主屋・蔵・いしぐろといった伝統的な建造物には地域の特色がよく見られ、土佐地方を代表する歴史的な風景にまるで当時の町を歩いているような錯覚に陥りました。何層もの瓦のついた蔵、なまこ壁、不思議な形の石垣、、、。

    他のどこにも見ることができない特徴的な景観に驚きを隠せません。

     

    とはいえ冒頭でもお伝えした通り、台風が多く、住みやすいとは言いにくい室戸の町。なぜ人々はこの土地にこだわり、住み着いたのでしょうか。
    その理由は、鎌倉時代の「京都石清水八幡宮文書目録」にありました。吉良川は木材の産地として明記されています。鎌倉時代から盛んに続く吉良川の農林業は、近隣の豊富な山林資源を生かした木材や薪などを、北前船で京阪神に運んで繁栄したといいます。

     

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    明治時代1877年からは、木炭の生産が始まり、地域はより豊かになります。

    製炭技術を向上させた吉良川炭(土佐備長炭)はウバメガシを原料として、1200度を超える高温で焼き上げる白炭です。黒炭よりも固く、火力が強く、長時間持つのが特徴でした。なんと備長炭の中では最高クラスと称され、高く評価されていました。

     

    吉良川炭は、海路によって京阪神に運ばれ、帰りの船で日用品を運びました。廻船の交易によって吉良川はより繁栄し、京阪神の文化も運ばれたといいます。そのため、まちには回船問屋も見られます!
    こうした産業の発展できる環境があったからそこ、先人たちはここで生きていくことを決めたのでしょう。

     

    台風から吉良川の町を守る土佐漆喰と水切り瓦のある浜地区へ

    台風の影響が多い室戸は、住宅に様々な工夫がなされています。それぞれの台風の環境下によって発展した文化をみてみましょう。

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    こちらは水切り瓦といって、この町の景観を特徴づけているひとつです。
    水切り瓦とは、蔵や住宅の壁に何段か重ねて付ける小さなひさしで、強い雨や日差しから壁を守る働きがあります。高知の水切り瓦は小さいものを何段も重ね、ひさしというよりもまるでかわいらしいフリルのようでした。

     

    なぜ、このような水切瓦の意匠が土佐で発達したのでしょうか。
    水切りとは本来、雨水を直接壁面に当てないための工夫ですが、台風銀座の南国土佐では、雨は上からではなく横から、時に下から打ち付けるため、軒だけではとても雨風から建物を守ることができません。
    水切瓦の直下に付着した黒い汚れが、雨の当たり方を如実に物語っていました。
    この躍動感と力強さがすべて。水切りという本来の機能が様式美として昇華した、ひとつの帰結と言えるかもしれません。家主の普請趣味や、棟梁の遊び心が、一定の様式を尊重しつつ、許されるぎりきりのところで表現されたデザインなのかもしれませんね。

     

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    今日では、実用性よりも装飾性に重きが置かれ、技術的にも高度な壁であるため費用がかさみ、その家の経済力を示す記号となっているそうです。ひさしには平瓦を横方向に用い、左官職人が技を駆使して美しくかつ頑丈に取り付ける技は、毎年襲ってくる台風にも耐える100年以上持ちこたえる技術を伝承しているそうです。

     

    漆黒のいしぐろのある町、丘地区へ

    次にメインストリートから少し山側を散策してみました。

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    吉良川の町並みのもうひとつの顔、丘地区と呼ばれているそこには、独特の形をした石垣が建ち並び、とても美しい景観がありました。これも、水切り瓦と同じく、台風などの強風から家を守る工夫の一つ。「いしぐろ」と呼ばれる石垣塀です。
    このいしぐろは、河原の石をそのまま使用したもの、石を半分に切って石垣に使用したものと、さまざまで、その家の趣味趣向が色濃く出ていました。

     

    丘地区を歩いていると、家々の軒下などに貼られているお札が目につきました。お正月や立春に家内安全、無病息災、火除けなどを祈願したものだそうです。立派ないしぐろのある家には「霜柱 氷のはりに雪のけた 雨のたるきに露のふき草」と書かれたお札が貼ってありました。
    こちらのお札は、弘法大師(空海)が作った伝承の、火伏せ(防火)のおまじないだそうです。

     

    ちなみに、室戸市吉良川室町から車で約40分西側にある奈判理という町には、室戸以上のいしぐろのまちなみが残っていました。ぜひ一度機会があれば訪れてみてくださいね。

     

    吉良川の町に来たらチェックしたいポイントの住宅5選

    さて、町のなりたちを知ったところで、室戸の町並みのおすすめスポットをご紹介します!
    【廻船問屋を営んでいた黒岩家住宅】

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    廻船問屋を営んでいた黒岩家住宅 大正期の建物といわれています。路地に沿って続く煉瓦塀はとてもモダンでした。

     

    【4層の水切り瓦を持つ松本家住宅】
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    松本家住宅 母屋が明治の建物とされている 街角に表蔵があり、その白壁には水切り瓦が4層もあります。相当な豪商だったことがうかがえますね。

     

    【赤れんが当時のトレンド、武井家住宅】

     

     

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    武井家住宅は、1911年頃には、米穀商を商い、また遠洋漁業も手がけました。妻壁の仕上げにふんだんに煉瓦が使用されています。煉瓦は木材や土佐備長炭を京阪神地区と交易する際に、帰りの船の重さを行きと同じにするために、木材などの代わりに煉瓦を積み、持ち帰ったものとされています。当時はまちでも珍しい西洋文化の香りをはなっていたといいます。

     

    【現在も吉良川炭を扱う商屋、細木家住宅】

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    1906年に建てられたこちらの細木家住宅は、現在も吉良川炭を扱う商屋です。母屋正面の右側に珍しい隣の家との共通のうち路地があります。

     

    【まちのランドマークに、細木隆昌家】
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    1891年に建築された細木隆昌家。初代は呉服業を営んでいたという細木隆昌家の重厚な住宅があります。
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    最後に住宅ではないのですが、おすすめの一軒を。郵便局です!なんと鬼瓦の先が郵便マークになっています!細やかな工夫がとても素敵でした。
    また、ところどころ、少しくろずんだ土佐漆喰を見つけました。なんと第二次世界大戦末期に、白壁が目立ってしまっては空襲の的になりやすいということで、土佐漆喰の白壁を黒く塗っていたそうです。戦後、塗料を落としましたが、結局綺麗には取れず、黒ずんだところが一部残ってしまっているようです。

     

    ぜひお気に入りの一軒を見つけてみてくださいね。

     

    高知県室戸市にある吉良川の町をめぐる旅はいかがでしたか。
    室戸岬など、ホエールウオッチングができるなどの、観光スポットがあふれる中、実は室戸には、古くからのまちなみが隠れています。台風が多く、自然の驚異がすぐそばにある特殊な環境の中で先人たちが知恵を絞ってつくってきたまちなみに触れに、訪れてみてはいかがでしょうか。