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薩摩藩 最大の外城出水麓 上級武士の住宅で暮らしを学ぶ旅行

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    鹿児島県出水市中央部に武家屋敷が建並ぶ出水麓(いずみふもと)。上級武士の屋敷が立ち並び、古くからの歴史をそのままに残します。武士が過ごした屋敷や当時の暮らし、そしてまちなみをめぐります!

     

     

    最大の外城出水麓「出水麓」とは

     

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    美しい武家屋敷が建並ぶ出水麓。江戸時代、薩摩藩が国を守るために領内の各地に作った113の「外城」と呼ばれる拠点として生まれた町のひとつです。中でも出水は熊本県との県境に位置していたことや海陸交通の要所でもあったことから、薩摩藩最初で最大の外城でした。

    碁盤の目のような町割は美しく、川石を積み上げた石垣や緑の生け垣などは、400年前からほとんど変わっていません。いまも変わらずに当時の面影を残しています。 約46ha、東京ドーム9個分とも言われる広さの出水麓武家屋敷群。ぜひみどころをまとめてご紹介します!

     

     

     

    出水麓最古となる上級郷土武家屋敷「税所家」

     

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    JR出水駅から歩くこと約30分。出水麓最古となる税所家の門構えが見えてきました。入る前からこれから待つ光景の想像を掻き立てる雰囲気に包まれます。税所家は出水麓のあつかい役などの町をまとめる要職を務めていました。

    門から屋敷玄関まで広がるきれいに刈り込まれた植木を横目に屋敷内に入ってみると、案内所の方が出迎えてくれました。屋敷内を無料で案内していただけます.

     

     

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    玄関を上がると目に飛び込んでくるのは広いいくつものお座敷。どのスペースも使用用途が異なります。

     

     

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    雨の日でも矢の練習ができるスペースの弓的場。
    そのため少しほかの部屋よりも天井が高く作られています。さすが薩摩の防衛重要基地の武士、いつでも己を高めていたことが伺えます。

     

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    趣のある囲炉裏の板張りを持ち上げるとそこには脱出口が。西南戦争で政府軍が攻めてきた際も実際に使用されたとか。覗いてみると、中は漆黒の闇。冷たい空気がひんやりと頬に触れます。

     

     

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    一見普通の壁に見える奥には隠し部屋が。下からでは見えないようにわざと天井に隠し部屋が作られたそう。

     

     

    他にも多くの発見ができました。
    様々な江戸時代の武士たちの知恵を垣間見ることができます。
    所在地 : 鹿児島県出水市麓町5-11

     

     

    大河ドラマ「篤姫」のロケ地!出水武家屋敷人気スポット「竹添邸」

     

     

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    続いては人気大河ドラマ「篤姫」のロケでも使用された武家屋敷「竹添邸」。こちらも立派な門構えで私たちを魅了します。
    竹添邸は、代々あつかい役と呼ばれる町を納める職を努めてきました。広い敷地には、土蔵(どぞう)や厩(うまや)などが残されています。

     

     

     

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    門から玄関までの道に、これから出会う気づきに胸が躍ります。
    さっそく立派な門をくぐり、玄関からお邪魔します。縁台の一部を一段ひくくして玄関とするのは、出水に残る武家屋敷の特徴の一つだそうです。
    玄関を上がると目に飛び込んでくるのは、広いいくつものお座敷。
    いろりのある居間は、家のあるじは、玄関に向かっていろり端に座り、客人をもてなす風習がありました。

     

     

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    江戸時代末期のものと思われる落雁の型です。

    当時薩摩藩は琉球から砂糖を大量に輸入していました。

    この型で落雁を作り、ふるまわれたことでしょう。

    表通りに面した武士の間は、男性のみ入ることを許されました。とても格式の高い部屋で緊張しました。
    竹添邸には当時使用されていた貴重な食器や生活用具がそのままに残されていました。天井からつりさげられているのは当時の冷蔵庫です。空気が当たって少しでも食材が冷え傷まないよう工夫していたのですね。

     

     

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    上座敷といわれる客人用の部屋から見えるお庭の景色です。男尊女卑の文化に従って、上座敷やお庭には男の人のみ立ち入ることが出来たそう。
    美しい景色を眺めながら、客人と家主がどんな話をしていたのかとふと想像してしまいます。

    所在地 :鹿児島県出水市麓町5-17

     

     

     

    現在も引き継がれる薩摩の素晴らしき教育方針「出水兵児修養掟」

     

     

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    出水麓をはじめ、薩摩藩の教育方針は、当時の日本では目を見張るものがあったとされます。教育に力を入れ、歴史上に名を連ねる優秀な人材を数多く輩出している薩摩藩。日本の小説家、司馬遼太郎は、「明治維新から日露戦争までの期間に、多くの鹿児島市の加治屋町出身の薩摩藩士が、功績をあげている事から。
    「いわば、明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなものである」と評しています。

    そんな多くの偉人を輩出した薩摩藩。どのような教育がなされていたのでしょうか。
    薩摩の代々の藩主たちは「薩摩を守るのは城でなく人である」と考え、国防の重点を教育にあてていました。学校教育が制度としてなかった時代。薩摩藩では子弟たちを郷中教育(ごじゅうきょういく)により心身を鍛えていました。

    薩摩の教育方針を作ったのが出水でも名地頭とうたわれていた山田昌巖のつくった出水兵児修養掟(いずみへこしゅうようおきて)です。

     

     

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    当時どこの武士の家にも必ず掲げられていました。出水兵児修養掟の兵児とは青少年の事を指しています。6才から30歳までの青年たちの掟が書かれています。

     

     

    「人は正しいことをしないといけない。

    正しいこととは、うそを言わないこと、自分よがりの考えを持たないこと。
    素直で礼儀正しく、目上の人にぺこぺこしたり目下の人を馬鹿にしたりしないこと。
    困っている人は助け、約束は必ず守り、何事にも 一生懸命やること。
    人を困らせるような話や悪口などを言ってはいけないし、自分が悪ければ首がはねられるようなことがあっても弁解したりおそれたりしてはいけない。
    そのような強い心を持つことと、小さなことでこせこせしない広い心で、相手の心の痛みが わかるやさしい心を持っているのが、立派な人と言えるのです。」

     

     

    西郷隆盛や大久保利通を輩出した薩摩。この出水兵児修養掟を見れば納得ですね。
    江戸時代、強いものとして天下に知れ渡った出水兵児ですが、その教訓は今日もなお引き継がれています。出水地区の小学生や中学生は全員出水兵児修養掟を空でいえるほど教え込まれているのだそうです。
    未来の日本にも変わらず引き継がれて行くことを願いました。

     

    約400年前の上級武士たちの暮らしはいかがでしたでしょうか。先人たちの生きる知恵や武士のプライドが垣間見える武家屋敷は圧巻です。
    あなたもぜひ知覧の公開武家屋敷へ訪れて、新たな発見の旅をしてみませんか。

     

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