HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

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宮島の歴史をつくりあげた ゆかりの歴史人をめぐり想いに触れる旅

  • 平清盛をはじめ、平家より篤く信仰された世界文化遺産の厳島神社が建つ広島県・廿日市市の宮島。

     

     

    平家以外にも、多くの歴史人が深い繋がりを持つ島でもあります。

     

     

    今回は、4人の歴史人とゆかりの深い名所を旅します。

     

     

     

    西の松原で平清盛の想いに触れよう 厳島神社のそばに建つ清盛神社

     

     

    <写真01_鳥居>

     

     

    宮島桟橋より、徒歩約20分。

     

     

    厳島神社を過ぎ、西の松原のあたりにある「清盛神社」(きよもりじんじゃ)を訪れました。

     

     

    「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」の冒頭から始まる平家物語の主人公・宮島とも馴染みが深い平清盛を祭神とする由緒ある神社です。

     

     

    <写真02_平清盛像>

     

     

    清盛神社は、清盛公が没した770年を期に生前の功績を顕彰するため、1954年に三翁神社より遷座創建されました。

     

     

    もともと武士の棟梁だった平清盛は、保元・平治の乱で源氏をおさえ、その後政治の世界で力を伸ばしました。

     

     

    1167年には武士として初めて太政大臣となり、政治で重要なポジションに一族をおき、西日本では500以上の荘園をもっていました。

     

     

    <写真03_清盛神社>

     

     

    宋(中国)との貿易を行い、現在の神戸港も整えた平清盛は、厳島神社を篤く信仰していました。

     

     

    厳島神社のシンボルである美しい海上社殿も、1168年に平清盛によって造営されました。

     

     

    今ここで平清盛が祀られていることで、きっと平清盛は国内外から多くの旅人が訪れる厳島神社の情景を微笑ましく眺めているような感じがしました。

     

     

    <写真04_西の松原 景色>

     

     

    清盛神社 所在地:広島県廿日市市宮島町西大西町

     

     

     

    今もなお未完成の重要文化財・千畳閣で歴史に浸る 宮島の景色も堪能

     

     

    <写真05_豊国神社 外観>

     

     

    つづいて、宮島桟橋より徒歩約12分、重要文化財の豊国神社(ほうこくじんじゃ)を訪れました。

     

     

    通称「千畳閣」(せんじょうかく)と呼ばれる豊国神社は、厳島神社の末社であり、1587年に建立されました。

     

     

    もとは大経堂で、朝鮮出兵犠牲者の供養のための建物でした。

     

     

    畳857枚分もの広さがあるため、千畳閣と呼ばれ、豊臣秀吉公と加藤清正公が祀られています。

     

     

    <写真06_千畳閣 中>

     

     

    豊臣秀吉は千畳閣の建立を命じたものの、完成までに急死してしまい、工事は中断され今もなお未完成となっています。

     

     

    千畳閣は宮島内で、最も大きな建物となっており、中に上がることもできます。

     

     

    <写真07_千畳閣 中2>

     

     

    <写真08_千畳閣 中3>

     

     

    広々とした空間で、ゆったりと腰を下ろすことができ、歴史に包み込まれるような時間を過ごすことができます。

     

     

    <写真09_千畳閣 廊下>

     

     

    千畳閣から見れる宮島の景色も、是非堪能してください!

     

     

    豊国神社(千畳閣) 所在地:広島県廿日市市宮島町1-1

     

     

     

    宮島の民を想う気持ちを行動で表した誓真と出会う 町中に残る釣井

     

     

    <写真10_案内板>

     

     

    最後に五重塔のふもとに位置し、宮島桟橋からは徒歩約12分の「誓真釣井」(せいしんつるい)を訪れました。

     

     

    1742年に伊予で生まれた誓真は、1781年から1789年頃に宮島へ渡り、神泉寺(しんせんじ)の番僧となりました。

     

     

    宮島杓子を考案したことでよく知られる僧・誓真ですが、それ以外に様々な公益事業を行っており、宮島の恩人とも言われていました。

     

     

    <写真11_釣井>

     

     

    誓真さんと呼ばれ、多くの人々に今も親しまれている理由を知る手がかりは意外なところにあったのです。

     

     

    この釣井は、飲料水不足に苦しむ島民のために、誓真が掘った井戸です。

     

     

    托鉢で集めたお金で、島内に10個もの井戸を掘り、人々を助けました。

     

     

    今も島内に残る井戸があることで、誓真さんが人々を思い助けた気持ちが、町人に受け継がれているように感じ、想いを行動にすることの大切さを教わることができました。

     

     

    誓真釣井 所在地:広島県廿日市市宮島町

     

     

     

    今回は、広島県・廿日市市の宮島で平清盛・・誓真の想いがつまった名所を紹介しました。

     

     

    歴史旅を重ねるほど、様々な地域で歴史と歴史のつながりも発見することができます。

     

     

    いつの時代も、何かを変えていくのは歴史人たちの熱い想いだと感じることができる宮島を是非訪れてみてください。