HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

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広島・廿日市市の歴史と文化を体感!時代を越えて今に伝わる想い

  • 広島県・廿日市市(はつかいちし)は、瀬戸内海から中国山地まで南北に伸びる都市で様々な歴史的名所が残っています。

     

     

    廿日市市と言えば、宮島は代表的な名所ですが、今回は宮島へ渡る前にも歴史を体感することができ宮島とも繋がりの深い歴史的名所を紹介します!

     

     

     

    広島宮島の伝統工芸・杓子づくりの現場に潜入!守りつづける伝統工芸

     

     

    <写真01_杓子>

     

     

    JR宮島口駅より徒歩約17分の「倉本杓子工場」(くらもとしゃくしこうじょう)を訪れました。

     

     

    宮島の杓子は、1800年頃に宮島で活躍した僧侶・誓真によって考案・創意されたのが始まりです。

     

     

    元々手先が大変器用だった誓真は、宮島の弁財天が持つ琵琶の形に似せた杓子を思いつき、自ら作ったことがきっかけで島の土産物として市民に広まっていきました。

     

     

    <写真02_木材>

     

     

    ここ倉本杓子工場では、一部は機械を使いながらも今でも仕上げは手作りの杓子をつくっています。

     

     

    杓子づくりは、このように様々な木材から型を取ることから始まります。

     

     

    <写真03_杓子 側面>

     

     

    一般的なしゃもじに比べ、すくいとる面に厚みと丸みを帯びたものが宮島杓子の特徴で、この丸みは機械で表現することが難しいそうです。

     

     

    実際に杓子を手に取り様々な向きからじっくり見てみると、360度至る方向から丁寧に削り、丸みを表現していることが分かり、熟練の技を感じることができました。

     

     

    <写真04_オーダー杓子原形>

     

     

    最近では、伝統的な杓子だけでなく、企業やお客様の用途に合わせてつくるオーダーの杓子や、宮島の杓子文化を発信するべくアパレルメーカーとのノベルティ商品の開発なども手掛けていらっしゃいます。

     

     

    倉本さんにお話を伺うと、「米離れなどの食文化の変化や、時代のニーズに合わせていかに新しいものを取り入れつつも、伝統の文化を残していくかを日々考えています」と教えてくださいました。

     

     

    時代の流れとともに姿を少しずつ変えながらも確かに伝統を守っていく、そんな想いが胸に響きました。

     

     

    所在地 : 広島県廿日市市深江1丁目1-18

     

     

     

    宮島の歴史を知る手がかり!温かく町と人を見守る道端のお地蔵さん

     

     

    <写真05_むかえ地蔵>

     

     

    JR宮島口駅周辺を散策していると、駅より徒歩約5分のところにこんなお地蔵さんが立っていました。

     

     

    地元の方にお話を伺うと、「むかえ地蔵」と呼ばれているそうで、由来も教えてくださいました。

     

     

    宮島は昔、神の島として崇められ信仰の対象となっていたため、禁忌がたくさんあり、島内ではお葬式も禁じられていました。

     

     

    <写真06_むかえ地蔵>

     

     

    駅近くにある延命寺では、宮島で亡くなった方が多く葬られており、宮島から魂が浄土へ向かうときに道に迷わないようにと、このむかえ地蔵がつくられたそうです。

     

     

    そのお話を伺いながらお地蔵さんのお顔を見ると、とても穏やかで少し心が落ち着くような時間を過ごすことができました。

     

     

    元々は、宮島の方角を望む海岸に立っておられたそうですが、波の影響などから現在の場所へ移されたそうです。

     

     

    <写真07_むかえ地蔵>

     

     

    普段私たちの身近に、様々な場所に立っておられるお地蔵さんですが、むかえ地蔵のようにエピソードや由来、その裏には歴史的出来事などが隠れているかもしれませんね。

     

     

    所在地 : 広島県廿日市市宮島口2丁目

     

     

     

    晩年を宮島~大聖院~に捧げた任助親王の心優しさを感じる場所へ

     

     

    <写真08_案内板>

     

     

    最後に、JR宮島口駅より徒歩約5分の「任助親王御墓」を訪れました。

     

     

    先ほどのむかえ地蔵のすぐ向かい側にある小さな森の広場に入ると、たどり着くことができます。

     

     

    地元では、「お室さん」と呼ばれ親しまれています。

     

     

    <写真09_任助親王御墓>

     

     

    伏見宮貞敦親王の第4子として生まれた任助親王は、1539年に出家し、京都仁和寺門跡二十世を継いだ後に、晩年になってはるばる宮島を訪れました。

     

     

    その際、大聖院に立ち寄り、当時幼くして大聖院を継ぐこととなった遺弟良政のため、示諭教授をすることに決め、しばらく宮島で過ごすことになりました。

     

     

    宮島で過ごすうちに、病に伏されて、座禅のまま60歳の歳でお隠れになったそうです。

     

     

    <写真10_任助親王御墓>

     

     

    お室さんと呼ばれ親しまれているのは、任助親王の心優しい気持ちを慕ってのことなのでしょう。

     

     

    人を想い尽くす温かい心と行いは、時がたっても人々の心に伝わり続けることに感動しました。

     

     

    所在地 :広島県廿日市市大野町

     

     

     

    宮島へ渡る前に、是非体感していただきたい廿日市市の歴史と文化、史跡をめぐる歴史旅を紹介しました。

     

     

    時代をこえて受け継がれる歴史と文化には、多くの人々を惹きつける魅力があります。

     

     

    歴史旅の際は、現地の方々とたくさん交流してみると新しい世界が広がるかもしれません。