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復興建築群と中島神社を通して 兵庫県豊岡の町の歴史と魅力に迫る旅

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    兵庫県豊岡市は豊岡鞄やコウノトリなど、自然豊かな土地から生まれる魅力が多くあります。
    一方で豊岡駅周辺の町並みは、どこかモダンな雰囲気を感じます。
    今回は少し視点を変えて、震災復興の町、そしてお菓子の町の豊岡を見ていきます。

     

     

     

    北但大震災からの復興 意匠の凝らした豊岡復興建築群 豊岡稽古堂

     
    1925年に起きた北但大震災は豊岡に甚大な被害をもたらしました。
    震災によって、豊岡市街地は大火災に見舞われ、多くの建物が崩壊・焼失します。
    その後、現在の豊岡の町並みを形成する鉄筋コンクリート造りの店舗兼住宅が多く建てられるようになります。

     

     

    <01_toyooka_上からのまちなみ>

     

     

     

    JR豊岡駅を東に歩いていくと、長いアーケードがあります。

     

     

    <02_toyooka_アーケード上から見た復興のまちなみ>

     

     

    02-2_toyooka-2

     

     

     

     
    このアーケードには、創意工夫が施された鉄筋コンクリート造りの豊岡復興建築群が並んでいます。

     

     

    <03_toyooka_豊岡稽古堂>

     

     

     

     

    中でも目を引いたのは豊岡稽古堂(旧豊岡町役場)です。
    こちらは1927年に豊岡市役所庁舎として建てられた後に、2012年豊岡稽古堂と名前を変え装い新たに開館しました。
    稽古堂という名前はかつての豊岡藩の藩校名から来たもので、「修練、学習の精神、そして豊岡の歴史を紡ぐ場所に」という思いが込められています。

    重厚な造りに西洋風に凝ったデザインは、震災の後に目覚ましい復興とともに近代化を進める豊岡の町の力と人々の心を感じました。

    1階ギャラリーは休憩スペースとしても利用できるので、豊岡市内の散策途中で少し休む時にもいいですよ。

     

     

     

     

    オーベルジュ豊岡1925 復興建築に残る面影とは

     

     

    04_toyooka-1

     

     

     
    豊岡稽古堂の向かいには、対をなすようにリノベーションされた建築物があります。

     

     

    〈05_toyooka_TYO正面アップ〉

     
    こちらはオーベルジュ豊岡1925という、宿泊・レストラン・宴会・ウェディングの機能を持った施設です。

     

     

    〈05-2_toyooka_TYO正面アップ〉

     
    もとは「兵庫縣農工銀行豊岡支店」として1934年に建てられた建物でした。
    その後に豊岡市役所の南庁舎別館として利用されたりと、長い間豊岡の人々の生活とともに歩んできました。
    そうして、2015年にオーベルジュ豊岡1925として新しい始まりを迎えました。

     

     

    〈06_toyooka_応接室プレート〉

     

     
    施設内はかつての面影を多く残しています。
    1階にある個室は銀行時代の応接室です。

     

     

    〈08_toyooka_旗が描かれている床〉

     

     
    当時の取引先が造船関係だったことから一部の床に旗が描かれていたりと当時の歴史をそのまま感じることが出来ます。

     

     

     

    オーベルジュ豊岡1925に広がるシンボル寿ロータリーとお菓子の館

     

     
    エントランス横にはお菓子が並ぶ円形のショーケースが設置されています。
    オーベルジュ豊岡1925は、歴史あるこの建物を残していくとともに、豊岡の歴史文化を発信する場所でもあります。
    豊岡はかばんやコウノトリの町で有名ですが、実は「お菓子の町」でもあるのです。

     

     

    〈10_toyooka_TYOお菓子〉

     
    それを伝えるべくオーベルジュ豊岡1925は「お菓子の館」をテーマとして、地元の食材を使った地元のお菓子屋さんの商品をショーケースで販売しています。

    ショーケースの中は、色とりどりの美味しそうなお菓子が並んでいます。
    どれも手を伸ばしたくなり、見ているだけでわくわくしますよ。

    次は2階に上がってみましょう。

     

     

    〈11_toyooka_ショーケース2階から撮影〉

     

     
    ショーケースを2階から眺めると周囲を囲むタイル床が不思議な模様になっています。

     

     

    〈12_toyooka_寿ロータリー①〉

     

     

     

    〈13_toyooka_寿ロータリー②〉

     

     

     

    これはJR豊岡駅から北東に歩いたところにある豊岡のシンボル「寿ロータリー」をモチーフとして作られました。
    当時の面影を残す建物の中で、時空を行きかう人々の流れを表しているそうです。

     

     

     

    〈14_toyooka_寿ロータリー③〉

     

     

     

    〈15_toyooka_寿ロータリー④〉

     

     
    豊岡の町の魅力が詰まったオーベルジュ豊岡1925。
    イベントが行われることも多いので、公式HPを確認してから足を運びましょう。

     

    お菓子の町 豊岡のルーツは中嶋神社にあり お菓子の神様田道間守命

     
    お菓子の町と聞いて、その由来が気になりますよね。
    その由来を知るべく、オーベルジュ豊岡1925の前にある市役所前からバスで約16分の中嶋神社を訪れました。

     

     

    〈16_toyooka_中嶋神社鳥居〉

     

     

    〈17_toyooka_中嶋神社本殿〉

     
    中嶋神社は、お菓子の神様「」が祀られている神社です。
    こちらの本殿は国宝、国重要文化財に指定されています。
    全国的にも珍しい、本殿正面の柱間(はしらま)が2間(柱が3本)の二間社流造になっており、室町時代の様式を伝えます。
    あまり見ることのない造りに、思わず見入ってしまいます。

     

     

    〈18_toyooka_田道間守命の石碑〉
    往古、田道間守命は「非時香実菓(ときじくのかぐのみ)」を探すように天皇の名を受けて、10年もの歳月を経て見つけ持ち帰りました。しかし、その時にはすでに天皇はこの世を去っており、田道間守命はその悲しみが大きすぎたため亡くなったと言われています。
    古事記によると田道間守命が持ち帰ったものは、現在の「橘」のことだそうです。かつては橘の実がお菓子の頂点とされていたことから、お菓子の祖神として尊ばれていたそうです。

     

     

     

    このように豊岡とお菓子の関係や歴史を紐解いていくと、この中嶋神社に行きつくということですね。
    また、この歴史的に深い関わりがあることに応じて毎年4月の第3日曜日には「菓子祭」が開催されているそうです。
    前夜祭では県内外からお菓子職人がオリジナルの和菓子・洋菓子を販売したり、お菓子コンテストが行われます。
    全国の菓子業者が商売繁盛の祈願に訪れ、多くの来場者でにぎわうお菓子の町には欠かせない催し物になっています。

     

     

     

     

    震災復興の町、そしてお菓子の町の豊岡の歴史と魅力を感じる旅、いかがでしたか。
    知れば知るほど今の豊岡の町が作り上げられた理由が明確になり、人々の思いが詰まった素敵な町だと実感することが出来ました。
    ぜひ豊岡の地へ足を運んでみてください。

     

     

     

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