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愛媛県 松山城 標高132mに建つ四国屈指の名城の魅力に迫る旅

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    江戸時代の武家諸法度や明治時代の廃城令によって天守を残すのはわずか12
    その一つが愛媛県松山市にそびえ立つ、四国屈指の名城 松山城です。
    今回はその松山城の本丸、そして二ノ丸史跡庭園を探検し、その歴史と魅力に迫ります。

     

     

    奇跡の再建を成し遂げた 松山城へはロープウェイ・リフトに乗って

     

     

     

     

    <写真01_乗り場>

     

     

     

     

    松山城は標高132mの勝山に建っているため、松山城へはロープウェイもしくはリフトに乗って向かいます。
    松山城ロープウェイ・リフト乗り場からロープウェイは約3分、リフトは約6分で城山8合目付近に到着します。
    訪れた日は天気も良く、リフトに乗りました。

     

     

     

     

    <写真02_リフト①>

     

     

     

    澄んだ空気のなかをゆっくりと進み、徐々に松山の景色が広く遠く開かれると、清々しい気持ちになり、ますます期待が高まります。

     

     

     

     

     

    <写真03_リフト景色>

     

     

    「松山城」は1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康に従軍し、功績を収めた加藤嘉明によって築城されました。

     

     

     

    <写真04_道中からの天守>

     

     

    リフトからはすこし天守を眺めることができます。
    大部分が完成した1627年の天守は五重でしたが、後に伊勢・桑名城主であった松平定行によって三重天守に改築されました。
    これは江戸幕府に考慮したとも言われていますが、実際には地盤の弱さから安全を確保するためであったとも考えられています。
    その後落雷のため焼失した天守は、12代藩主松平勝善により1854年に復興され現在にいたっています。
    実はこの復興は、松山城の不思議と言われる出来事なのです。
    復興されたのは江戸時代。武家諸法度の中でも有名な「城に関する取り決め」では、新しい城の建設はもちろん、現存している城の補修にも厳しい時代でした。
    江戸城や大阪城でさえ再建することのなかった時代に復興された松山城。
    その裏には何かドラマがあるのでしょうか、と思いを馳せていると、降り口「長者ヶ平」に到着しました。

     

     

     

    圧巻の登り石垣がお出迎え 現存12天守のひとつ 松山城天守へ

     

     

    ではさっそく松山城を探検しましょう。

     

     

     

    <写真05_登り石垣>

     

     

    まず目に入ったのは松山城のふもとから天守へと続く登り石垣。
    空にむかって美しく積み上げられた登り石垣はなんと10メートルを越える高さです。
    あまりの迫力に思わず立ち尽くし、言葉を失いました。

     

     

     

    <写真06_登り石垣②>

     

     

    04_matsuyama

     

     

     

     

    登り石垣は豊臣秀吉が朝鮮出兵をした際に、日本遠征軍がとった防備手法と言われています。
    ふもとから天守までを石垣で固めることで、山の中腹から敵が攻めてくるのを防ぐことが目的です。
    朝鮮出兵の際に水軍を率い、登り石垣の城を拠点としていた嘉明ならではの防御策ですね。

     

     

     

     

     

    <写真07_穴蔵>

     

     

    天守は地下一階にあたる「穴蔵」から入ります。

    中に入り、小天守から見える一の門~二ノ門の風景にも趣きがあります。

     

     

    <写真09_渡櫓の廊下>

     

     

    天守・小天守・隅櫓を「渡櫓」(わたりやぐら)で結ばれた連立式天守はまるで迷路のよう。

     

    <写真10_景色>

     

     

    そして天守最上階からは松山市内を越えて、瀬戸内海まで一望できるこの贅沢な眺望。
    松山城の瓦と空のコントラストも美しく、時間を忘れて長居してしまいました。

    <写真11_景色②>

     

     

     

     

    別名「金亀城」(きんきじょう)や「勝山城」(かつやまじょう)とも呼ばれる四国屈指の名城・松山城。
    リフトの降り口から天守までは約10分の道のりですが、天守を含め21棟もの重要文化財があり見応えたっぷりのため、時間には余裕をもって訪れましょう!

     

     

     

    松山城の魅力は本丸だけじゃない! 松山城二之丸史跡庭園の見どころ

     

     

     

     

    <写真12_二ノ丸への山道>

     

     

    松山城天守を存分に楽しんだ後は、行きと同じようにロープウェイ・リフトに乗って帰ることもできますが、今回は黒門口登城道から徒歩で降りていきます。
    石段をくだること約10分、美しい庭園が現れました。
    こちらは「松山城二之丸史跡庭園」(まつやまじょうにのまるしせきていえん)です。

     

     

     

    <写真13_庭園外の風景>
    かつて藩主の生活の場であった二之丸邸跡が庭園として整備され、庭園内には数多くの花が植えられています。
    和の雰囲気が漂う落ち着く空間です。

     

     

    <写真14_跡地柑橘類>
    藩主の家屋跡地は、一画ごとに区切られ、今はポンカンなどさまざまな柑橘類の草花が植えられています。

     

     

     

     

    <写真15_ポンカン>
    訪れた日は、庭園で採れたポンカンをいただくことができました。

     

     

     

    <写真16_大井戸遺構>

     

     

     

    赤松や黄梅がある美しい庭園を進むと、現れたのはこちらの「大井戸遺構」です。
    井戸と言うと、紐の先に桶をかけて井戸の底にある水を汲むものを想像しますが、こちらの大井戸は階段を使って人が直接下に降りて水を汲むもの。
    東西18m、南北13m、深さ9mもあり、井戸の常識を覆された驚きがありました。
    松山城を訪れた際は、二之丸庭園もゆっくりと散策しながら、当時の藩主の暮らしぶりを想像してみるのもいいですね。

     

     

     

     

     

     

    四国屈指の名城 松山城の探検はいかがでしたか。
    築城・再建の背景を知ると、現存12天守である松山城の不思議に思いを巡らせてしまいます。
    訪れた際には、本丸に隠された不思議を目で確かめ、庭園でその裏に隠されたドラマをゆっくりと考えてみてください。

     

     

     

     

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